大判例

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広島高等裁判所 昭和29年(う)516号 判決 1954年11月30日

主文

原判決を破棄する。

被告人鄭吉允同李先〓を各懲役八月及び罰金二万円、被告人田村八郎を懲役八月、被告人大原源太郎を懲役六月及び罰金一万円に処する。

被告人鄭吉允同李先〓同大原源太郎において右罰金不完納の際は金二百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

但し被告人四名に対し各三年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人四名から金百七万九千四百円を追徴する。

司法警察員押収に係る機帆船共栄丸(五十噸)を没収する。

原審の訴訟費用中証人中本五郎一、同淀川恒二、同島津寛、同河田竜雄、同青木安子に支給した各旅費日当は被告人四名の連帯負担、証人鄭吉用に支給した旅費日当は被告人鄭吉允の負担、証人権堂峰夫に支給した旅費日当は被告人大原源太郎の負担とする。

理由

被告人鄭吉允同李先〓同大原源太郎の弁護人倉重達郎、被告人鄭吉允同李先〓の弁護人今西貞夫、被告人田村八郎の弁護人小河虎彦同小河正儀の各控訴趣意は記録編綴の各控訴趣意書記載の通り(但し両小河弁護人のものは連名)であるからここに之を引用する。

一、倉重弁護人の論旨中

(イ)第一点について。

所論は原判決挙示の証拠によつては原判示銅インゴツト密輸入の事実を認め得るに止り之が関税逋脱の事実は認め難いと論難する。

しかし、原判決が引用している証拠を綜合すれば、原判示事実即ち被告人等四名が金謀及び伊藤義人等と意思を通じ、右金某が密輸入すべく韓国籍鮮魚運搬船第二天一号で下関港に海上輸送して来ていた課税外国貨物である銅インゴツトを不正な方法で陸揚げ輸入し関税を免れようと企て、同港税関で所定の検査及び輸入免許を受けることなく、原判示日時同港で前記インゴツトを密かに機帆船共栄丸に積換えて出港し同月二十四日早朝正規の開港でない小野田市東高泊横土手沖に廻航し同月二十六日頃銅インゴツト三噸六百五十瓩を右横手岸壁に陸揚げ輸入し以つて同貨物に対する関税金十万七千九百四十円を逋脱した事実を認定するに十分である。所論は無免許貨物については無免許貨物の輸出、入罪のみが成立し関税逋脱罪は成立する余地がないと主張するのであるが、本件の準拠法である旧関税法第七十六条第四項によると、本事犯のように外国貨物を密輸入して関税を逋脱した場合においては逋脱罪(同法第七十五条第一項)の単純一罪として処断すべきものであることが明瞭であるから所論は採るを得ない。

(ロ)第二点について。

しかし、原判決が挙示する証拠を綜合すれば、被告人鄭吉允、同李先〓、同大原源太郎三名が被告人田村八郎、金某、伊藤義人等と直接又は間接に通謀し、原判示犯行を企図し、且つその全部又は一部に直接加功して之を敢行したものであることを認めるに十分である。尚所論は金某が本件の銅インゴツトを密輸入の目的で釜山から下関港に搬入した行為を目して無免許輸入罪の既遂と解し之を前提として被告人等の行為は単に右インゴツトの牙保又は運搬罪(旧関税法第七十六条の二)に過ぎないと主張するが、無免許輸入罪(同法第七十六条第一項)は無免許貨物を領海若しくは港に搬入したのみで足れりとせず陸揚げ又は之に準ずる行為をなしたときに始めて既遂となり、本件の如く関税逋脱の意図で輸入した場合には、陸揚げと同時に無免許輸入罪及び関税逋脱罪が共に既遂の段階に達するものと解すべく、而してこの場合旧関税法第七十六条第四項により関税逋脱罪の単純一罪として処断すべきであることは既に述べたところである。従つて所論は採用できない。

(ハ)第三点について。

原判決が認定している関税逋脱貨物銅インゴツトの数量が三噸九百三十瓩でなく三噸六百五十瓩であることは原判文上明瞭であり、この数量は原判決挙示の証拠中伊藤義人及び被告人鄭吉允の司法警察員、又は検察官に対する各供述調書を綜合することにより容易に認定し得べく、又その銅含有量は伊藤義人の検察官に対する第四回供述調書によつて之を知り得べく、その価格は犯則物件鑑定書(記録四三丁)により之を認めるに十分である。なるほど右鑑定が現物に基ずいてなされたものでないことは同鑑定書の記載に徴し明らかであるが、伊藤義人の検察官に対する前記供述調書の外関係証拠を参照した上鑑定されたものであることが容易に推測されるから同鑑定書の証拠価値を否定するわけにはいかない。

(ニ)第四点について。

原判決が本件共栄丸没収の理由について所論指摘の如く説示し、その主文第四項において「押収に係る機帆船共栄丸は所有者中本五郎一に対し之を没収する」旨言渡していることは所論の通りであるが、その意味するところは飽くまでも本件の被告人等特に被告人大原源一郎に対する附加刑として言渡されたものであることが前記没収理由の説示によつて明瞭であり、

その適用法も正当であるから、之をもつて法令の適用に誤がありとするわけにはいかない。

以上を要するに、原判決挙示の証拠によれば原判示事実を優に認定し得べく、尚記録を精査検討してみても原判決には所論のような理由齟齬、事実誤認又は擬律錯誤の違法はない。

二、今西弁護人の論旨第二点について。

所論は前記共栄丸の所有者である中本五郎一は被告人大原源太郎の依頼により右共栄丸を同人に貸与するに当り之が関税法違反の行為に供せられるものであることを全く知らず又知らないことについて何等責むべき過失がなかつたのであるから同船はもともと旧関税法第八十三条第一項によつて没収し得べきものでない。従つて原判決が同条第一、二項を適用して之を没収したのは違法であると主張する。しかし、証人中本五郎一の供述記載、中本幸徳及び被告人大原源太郎の検察官に対する各供述調書を綜合すれば、中本五郎一は昭和二十八年三月二十三日頃被告人大原源太郎より自己所有に係る前記共栄丸の貸与方依頼を受けた際、同人が通常賃料の約三倍に相当する三万円位の賃料を支払う旨申出でたのに対し奇異の感を懐きながらその使途等について調査追求することなく漫然之を貸与し、大原が約旨の日時に帰来しないため自ら小野田市に赴き、共栄丸に密輸入品が積載されているのを発見して大原を難詰し、その数日後大原より該船の返還を受けると共に賃料三万円を受領した事実を認め得る。右事実関係によると、中本五郎一は共栄丸を貸与するについて何等咎むべき過失がないとはいい難く又同船の返還を受けた際善意であつたとも認め難いから、原審が旧関税法第八十三条第一、二項を適用して之を没収したのは適切な措置というべく、従つて論旨は理由がない。

三、小河弁護人(両名)の論旨中

(イ)第一点について。

所論は金某が密輸入の目的で本件の銅インゴツトを釜山から下関港に搬入した時をもつて関税逋脱罪が既遂の段階に達したとの前提に立ち、その後に加功した被告人田村八郎の行為は事後従犯であると主張する。しかし関税逋脱の目的で無免許貨物を輸入する場合においては、貨物を陸揚げ又は之に準ずる行為をなした時始めて関税逋脱罪が既遂の状態に達するものと解すべきであることは既に一、(ロ)で述べた通りであるから、之と異る見解を前提とする所論は採るを得ない。論旨は理由がない。

(ロ)第二点について。

しかし、原判決が認定している関税逋脱貨物の数量は三噸六百五十瓩であり、この数量は原判決挙示の証拠中、伊藤義人及び被告人鄭吉允の司法警察員又は検察官に対する各供述調書を綜合することにより容易に認定することができる。論旨は理由がない。

四、倉重弁護人の論旨第四点、今西弁護人の論旨第一点、小河弁護人(両名)の論旨第三点について。

所論は夫々量刑不当を主張する。よつて所論に鑑み記録を精査検討してみるに、本件は金某が密輸入の目的で銅インゴツトを釜山より下関港に搬入し、偶々被告人鄭吉允にその販売方斡旋を依頼したことに端を発し、次いで被告人李先〓同田村八郎、伊藤義人が之に介入し、伊藤義人の命を受けた被告人大原源太郎が之を小野田市沖に廻漕する役割を担当実行して結局原判示犯行に及んだものであるが、右インゴツトの販売代金は殆んど被告人鄭吉允より金某に支払われており、被告人田村はその間何等の利得をせず、その余の被告人三名においても夫々一万円程度の謝礼を収受しているに過ぎないこと、被告人等四名共夫々正業に従事しており、既往に前科なく(被告人大原源太郎は臨時物資需給調整法違反罪により罰金刑に処せられた犯歴があるが既に大赦令により赦免されている)本件の検挙後前非を悔悟し改悛の情顕著なものがあることを認め得べく、之等の事情に附加刑等を考慮し更に記録に現われている各般の情状を綜合すれば、被告人等四名に対しては何れもその懲役刑につき執行猶予を与えるのが相当と思料される。さすれば被告人に実刑の懲役刑を科した原判決は量刑酷に失し破棄を免れない。論旨は何れも理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十一条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書に従い直ちに判決する。原判決が確定した事実を法令に照すに、被告人等の所為は昭和二十九年法律第六十一号による改正関税法附則第十三項旧関税法第七十五条第一項刑法第六十条に該当するので、懲役と罰金を併科し、その所定刑期金額の範囲内で各被告人を主文第二項の通り量刑処断し、前記の如く酌量すべき情状が存するので刑法第二十五条に則り各三年間右懲役刑の執行を猶予し、尚罰金の換刑処分につき刑法第十八条、本件関税逋脱貨物銅インゴツトが没収できないのでその原価の追徴につき前記関税法第八十三条第三項、本件犯行の供用物件である共栄丸の没収につき同条第一、二項、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条を各適用し主文のとおり判決する。(昭和二九年一一月三〇日広島高等裁判所第一部)

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